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2012年07月31日

南今庄駅

 旧今庄町には駅が3つあります。

 蒸気機関車が通っていた時代にはここにはなかった駅が出来ました。

 南今庄駅。

 無人駅です。

 蒸気機関車の時代には大桐駅があったんですが、北陸トンネルが出来てからはなくなって、南今庄駅が出来ました。

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 今では高校生や会社員の足として使われています。

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 プラットホームにある黒い物は融雪装置で、電気で融雪刷るようになっています。

 駅に立つと川向こうにこの場所に北陸道が通っていたことを示す看板が立っているのが見えます。

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 今は何の変哲もない田舎の風景ですが、昔は旅人や参勤交代で行き交う人々で賑わったんでしょうね。

 


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2012年07月27日

湯尾城

 湯尾峠には道が4本あって、一つは今庄宿へ、一つは藤倉山へ、一つは湯尾へ、そしてもう一つは湯尾城へ。

 峠には案内板があるんですが、そこには湯尾城の場所は書いてありません。

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 地図の三カ所古峠に行く辺りにあったようです。

 そこへ行ってみました。

 小さな坂を上ります。
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 登り切ると・・・・、

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2012年07月25日

湯尾峠(その2)

 峠があった場所は平らで、ここに四軒の茶屋が建っていたことは容易に想像できます。

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 この峠には古くは紫式部が通り、道元禅師が通り、新田義貞が通り、織田信長、柴田勝家、豊臣秀吉、前田利家、松尾芭蕉、坂本竜馬、明治天皇など歴史上の名だたる人物が通った道でもあります。

 ちょうど湯尾集落を見下ろす場所に芭蕉の句碑が建っています。
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 明治天皇も休まれました。
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2012年07月24日

湯尾峠

 福井を出立して最初に泊まる宿が今庄です。

 その今庄を目の前にしてちょっと立ちはだかるのが湯尾峠

 その湯尾峠に行ってきました。

 行く方法は湯尾から峠に向かって歩いてみることです。

 今庄に住んでいるんですが、湯尾側から湯尾峠に行くのは初めてでした。

 ここから登って行きます。
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 歩いてすぐに血頭池(ちこべいけ)と言う小さな池があります。
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 ここは南北朝に時代にこの付近で戦があり、その時取った首を洗った池だそうです。
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2012年07月17日

お乳の里 合波

 今庄にある集落で合波というところがあります。

 どこにでもある集落ですが、その集落のはずれに神社があってある言い伝えが残っています。

 社伝によれば第15代慶神天皇御降誕の折皇子への乳足らず式内宿禰大いに憂い天地神明に祈願したところ「越の国三尾の里に西面の滝あり。この水をご養婦に奉れば乳の出ること滝の如し」とのご神託を得て子の里を訪ねたるにはたして滝があり、滝水を献じたるところ、神託に違わず乳を得て皇子はすくすくと御成育なられ天皇の御位につかれた。

 信露滝の水といわれています。

 国道沿いにある看板でそれを知ることが出来ます。
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 神社の名前は白髭神社です。
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 そしてここにはもうひとつ面白い証拠が残っています。

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2012年07月14日

上野ヶ原古戦場跡

 あまり知られていないと思いますが、湯尾峠を上るあたりに上野ヶ原の合戦がありました。

 時は鎌倉時代から室町時代に変わろうとするとき。
 鎌倉幕府を倒して建武の親政を行われた後醍醐天皇が、足利尊氏の謀反によって失脚。
 恒良親王を擁し、新田義貞らが金ヶ崎城に拠って再挙を図った。
 瓜生保らは義貞に加担し足利高経の軍と各地で激戦を繰り広げたが、義貞は燈明寺畷(なわて)で、保は樫曲で戦死した。
 劇乱の時代であった。
 この争乱で延元元年(1336)11月23日、瓜生保は湯尾を除く周囲4,5里の間の宿を一軒も残さず焼き払い、高師泰の軍を湯尾に誘い込んだ。
 大雪の中をやっとたどり着き、寝込んだ敵軍に夜襲をかけ、湯尾峠の要害を争って、ここ上野ヶ原で一大決戦が行われた。
 この戦いで生け捕り300人、打たれたもの数知れず、ようやく逃げ延びたものも武具を捨て、弓矢を持つ者は一人もいなかった。


 今では何事もなかったかのように家や畑が広がっています。

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2012年07月11日

二つ屋から言うな地蔵へ

 昔の二つ屋の集落があったところを抜けさらに上へ車で行きます。

 途中に小さな石碑が立っています。

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 その土台の石には寛政という文字が見えます。
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 と言うことは江戸時代の1789年から1801年ごろからあるものでしょうか。

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2012年07月07日

椿坂(滋賀県)

 中の河内を後にしてさらに滋賀県側に入っていきます。

 この後は椿坂峠になるんですが、どこが峠なのかよくわかりません。

 峠に行く途中、清水が湧き出していました。

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 この湧水も昔は旅人の喉を潤していたんでしょうか。

 見上げると栃の木が生えていました。
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 いよいよ坂に突入です。
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 車で行くとなんでもないんですが、昔の人は本当にここを歩いて行ったんでしょうか?

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2012年07月03日

中の河内

 栃の木峠を後にしてさらに滋賀県側に入っていくと中の河内集落があります。

 この集落は栃の木峠を越えてきた旅人が最初に休むところでもありました。

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 ここもやはり今では若い人が住まなくなってきているようです。

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2012年07月02日

栃の木峠

 板取宿を後にして栃の木峠に向かいます。

 今でこそ車で走れば十数分で滋賀県にはいることが出来ますが、その当時はどんなだったでしょうか。

 交通手段といえば足だけです。

 わらじを履いた足だけです。

 それでこの峠を越えるのは並大抵の事ではなかったと思います。

 国道の分かれ道から今庄方面を望みます。
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 反対の栃の木峠を望みます。
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 峠は見えません。

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posted by 兵三(ひょうさ) at 06:09| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする