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2013年03月28日

カタクリの花と今庄宿

 4月6日から始まるカタクリの花と今庄宿

 カタクリの状況がどのようになっているのかを見に行ってきました。

 場所は新羅神社の裏山です。

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 今年の雪は少なかったので雪も残っていない様子です。
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 愛宕山登山道の階段を上るとすぐそこにカタクリはあります。
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2013年03月24日

カタクリの花祭り

 雪も大分溶けてそろそろカタクリの葉っぱも今日はしている頃だと思います。

 冬の積雪はあまり多くなかったので、カタクリの花も例年通りにその可憐な花を見せてくれるでしょうか。

 今年は4月6日から30日にかけてカタクリの花祭りが行われます。

 今庄のカタクリはJRの駅から歩いてすぐのところにあるので、気軽に行けるところに特徴があります。

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 またカタクリの花を散策した後は町中を歩いてみるのも良いです。

 江戸時代には北国街道の宿場としてたいそう栄えた町並みを見ることが出来ます。

 4軒の酒蔵や旅籠、商家などを見ることが出来ます。

 写真は以前撮ったものです。

 カタクリの花
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2013年03月18日

雪囲いの取り外し

 家の周りには雪はすっかり無くなって、昨日雪囲いを取り外しました。

 脇本陣に建てられた清心閣と若狭屋の雪囲いの取り外しを塾生と白寿会の方々と行いました。

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 徐々に板が取り外されて・・・・・、
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 きれいになりました。
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2013年03月11日

若狭屋 カフェ木の芽がオープンしました。

 3月11日に若狭屋にカフェがオープンしました!!

 名前は木の芽

 木の芽峠の名前を頂きました。

 今までは今庄に来られた人がちょっと休憩したいなと思っても休めるところがなかったので、気軽に立ち寄っていただきたいとの思いから作りました。

 今までカフェとしての装備の設置や内装の変更などにかかっていたんですが、やっとできました。

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 ブロック塀の横が駐車場になっています。


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 文字は若狭屋に残っていた版木からのものです。
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2013年03月03日

若狭屋がリニューアルしました。

 まだ完全とはいきませんが若狭屋がリニューアルしました。

 ちょっと立ち寄って一休みする空間と外観の一部を修繕しました。

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 行燈も付けました。
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 格子戸の色もベンガラに塗り替えました。
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 ちょっと明るい色になりましたが・・・・。

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2013年03月01日

慈眼寺の伝説

 夜叉が池の竜神

  昔、慈眼寺境内に竜神池と言う美しい池があった。

 いつの頃からこの池に嫉妬深い一人の女が夜叉になって住みついていた。 

 おこの女は名声の高い天真自性禅師を教えをうけていたので、夜叉に化けて住みついたのである。

 そこで禅師はある日、竜神池のそばの大きな石の上に座禅して「いちげ」(ありがたいお経の一節)を授けて仏教の教えを説かれた。

 すると夜叉は大変感激して解脱し、禅師に厚くお礼を言って今庄の奥の夜叉が池に移り住んだ。

 それから毎年のお盆に龍燈と言う提灯をさげて、寺にお参りしたという。

 不思議なことにこの夜叉がお参りに来る大法要の時には、道すじは必ず雨が降ると伝えられれている。

 それで日照り続きで干ばつの時には、お寺の住職が夜叉が池にお参りして雨乞いすると、必ず雨がるという。

 夜叉が池への登り口
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 豆臼の伝説

 平安時代初めの弘仁七年(816年)、田倉郷の小倉谷に天台宗月曳寺を開いた谷口権左衛門(権兵衛)と言う人がいた。

 この人の後妻たやはいたって邪険な女で継子をひどくいじめた。

 ある日、実の子には生豆を持たせ、継子には炒り豆を持たせて、山畑へまきに行かせた。

 ところが継子のまいた炒り豆の中に一粒の生豆があって、その年の四月八日一夜で一茎双枝(一本から二本の枝が出ること)の豆の木が生え、みるみる大木になった。

 その年の秋には東に伸びた枝に七石、西に延びた枝に八石、合わせて十五石(約2700リットル)の豆がなった。

 今も小倉谷には七石谷、八石谷の地名がある。

 さしもの邪険なこのまま母も改心してわが子と同じく可愛がって育てたという。

 継母はその豆の木の根元で搗き臼を作り、枝で太鼓の胴を作った。

 太鼓は江州伊賀群の寒山寺に寄進し、搗き臼は月曳寺の宝物として保存した。

 その後、慈眼寺を開いた天真自性禅師がこの臼をもらって今日に伝えると言う。

 宝物の豆臼
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