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2012年03月25日

第3回 今庄宿歴史講座-燧ヶ城と木ノ芽城塞群-

 昔今庄は交通の要衝でした。

 そのため山城がいくつも残っています。

 山城と言うよりは砦といった方がいいのかも知れませんが・・・・・。

 そんな今庄に残るお城についてのお話が23日(日)若狭屋で行われました。

 演題は「燧ヶ城と木ノ芽城跡群
 
 内容は、源平から戦国へ

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 当日は雪が降っていて足下が悪く来てくれるだろうかと心配でしたが、約30数名の方がわざわざ聞きに来てくれました。

  今庄旅籠宿の会長の挨拶があって、始まりました。
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 燧ヶ城の鳥瞰図
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 戦国時代に今庄と関わりのあった武将達
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 今庄旅籠宿の特別顧問の青木氏による燧ヶ城の特殊性についての話をお聞きしました。
 
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 今庄市街を望むところの山にあった城が、燧ヶ城
 木ノ芽峠にあった城が、鉢伏城、観音寺丸城、西光寺城
 湯尾峠にあった城が、柚尾(湯尾)城
 杣山にあった城が、杣山城
 

 これらの城は源平の時代から戦国の時代まで使われていました。

 いちばん有名なのはやはり木曽義仲平維盛との戦いで、ここで平氏は勝利を最後の収めるわけですが、これ以降は勝てなくなり壇ノ浦で遂に滅んでいきました。


 青木氏によると付近に残っている城址は国指定になるほどの城址だそうです。

 約2時間の講演でしたが、今まで何も知らずに過ごしてきた町がこんなにも歴史上に登場していたのかを初めて教えられました。

 
posted by 兵三(ひょうさ) at 21:33| Comment(0) | NPO法人 今庄旅籠宿の活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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