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2012年05月27日

赤座氏館址(2)

 赤座氏の系図

 赤座家は赤座但馬守影景秋を祖とし、六代吉家の天正年間まで百三十余年間、今庄町域の大半を領地として支配していた。

 「赤座家系図之写」(島崎家文書)によれば、初代景秋は足利義政、義尚に仕え、二代長秋は父母の供養のため棟岳寺を建立。

 三代治秋、四代長久になると足利将軍は亡んで、織田信長に仕えた。

 五代長悦は長島の一向一揆に出陣している。

 六代吉家は(備後守久兵衛、流布書には直保とある)な信長、秀吉に仕え、数度の軍功をたて名をあげた。

 文禄四年(1595)八月三日付の秀吉朱印状知行目録本書によれば三千二百石を所領したことが記載され、これは瀬戸、杉谷など一部を除く今庄全域にあたる。

 続く・・・・・。

 注)この文章は、山本勝士さんが書かれた「福井県 今庄の歴史探訪」から許可を頂いて引用しています。


 


posted by 兵三(ひょうさ) at 21:24| Comment(0) | 今庄宿の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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