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2012年06月14日

上新道

 下新道集落と川一つ隔てて上新道があります。

 ちょうど、二つの集落の真ん中を昔は国鉄の線路が走っていてました。

 その旧国鉄線路の脇には下新道の磐余が書かれています。
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 奈良時代、都から越の国にはいる旅人は必ずこの上新道集落を通った。

 松原駅(敦賀)から陸路や海路で五幡や杉津を通り、山中峠を越え、この地を通り鹿蒜駅(新道から南今庄付近)に至った。

 平安時代の天長7年(830)木ノ芽峠が開かれ、その後はこの道が北陸道の主道となった。

 新道の地名はこれに由来している。

 また、この集落は二つの峠越え(木ノ芽峠と山中峠)の追分け口(分岐点)でもある。


 その線路から右に逸れて上新道集落が始まります。

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 集落内を少し行くと、旧鹿蒜小学校跡地があります。
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 今ではほとんど見られなくなった二宮金次郎の像が校庭の隅に今でも残っています。
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 名盤がはがされていて痛々しい姿になっていました。

 鹿蒜小学校が廃校になった後、保育園になり、その後は地区の集会場になりました。

 集落内の道はやはり曲がりくねっていて、昔のままです。
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 この先には二ツ屋に行く道(木ノ芽峠)と山中峠に行く道とに分かれています。

 続く・・・・・・。
 
 


 
posted by 兵三(ひょうさ) at 06:23| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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