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2012年08月03日

高倉へ

 瀬戸の集落の外れに昔あった山の上の集落高倉へ行く道があります。

 以前行ったことがあるんですが、その時にはもう廃屋しかありませんでした。

 それが今どうなっているかを知りたくて行ってきました。

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 谷川に架かる橋を渡って進みます。

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 少し進むと川が二つに分かれていて、道が続いていない右の方に行くと・・・・・・、

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 石積みの堰堤がありました。

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 石垣の隙間から生えた木の根っこがその年月を物語っています。




 道を進むに従って多くの堰堤が築かれているのが見えます。

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 道の途中で見つけた高倉事故の石碑

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 どの様な事故がここで起こったんでしょうか。

 調べてみたんですが分かりませんでした。


 明治時代にここら辺は大雨に見舞われました。

 もう一つの谷である赤谷川にもその当時に築かれた堰堤が残っています。

 この高倉川に築かれた堰堤もこの時期に造られた物だと思います。

 赤谷川の堰堤よりも知られていませんが、その規模はもっと大きいように思います。

 また、造られて100年以上経っても壊れずに残っていて、ちゃんとその役目を果たしているのは、当時の技術が優れていた証拠ですね。







posted by 兵三(ひょうさ) at 01:00| Comment(0) | 今庄の集落 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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