kamiitadori aki .jpg

2012年06月27日

山中峠

 山中隧道の入り口のところに山中峠と書いてある縦棒が建っていてここから山中峠道が始まることを教えてくれます。

 yamanakatouge 12-05 (10).JPG
 yamanakazuidou 12-05 (6).JPG

 左側のアスファルトの道路を上っていくと、山中峠への矢印が建っています。
 yamanakatouge 12-05 (9).JPG

 いよいよ山の中に入っていきます。
 
 今では杉の木が植わっていますが、写真の左に昔の電柱が立っているのが見えるでしょうか?
 yamanakatouge 12-05 (8).JPG
 ここに人が住んでいた証拠ですね。

続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 00:02| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月22日

山中隧道

 山中信号場から100メートルぐらいの所に山中隧道があります。

 このトンネルは煉瓦で出来ていて今でも生活道路として使われています。
 
 yamanakazuidou 12-05 (7).JPG
 左にある道を行くと山中峠に行きます。

 左側にあるトンネルは列車の引き込み線で、途中で行き止まりになっています。
 yamanakazuidou 12-05 (5).JPG

 続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 00:04| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

山中信号場址

 大桐集落を抜けても線路道は真っ直ぐ続いています。
 
 yamanakasinngoi 12-05 (2).JPG

 旧国鉄線路(今は県道)の道を行くとスノーシェッド(雪崩などの被害を防ぐために作られたトンネルのようなもの)があります。

 yamanakasinngoi 12-05 (3).JPG
 写真は今庄方面を向かって撮りました。

続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 15:29| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月16日

大桐駅  山中峠へ

 上新道で山中峠に行く道と木ノ芽峠に行く道に分かれています。

 山中峠のほうに向かって延びている線路跡の道を行くと、大桐駅があります。

 oogiri 12-05 (2).JPG
 向きは今庄の方向を向いています。

 道路の改修がある度に道がかさ上げされて、プラットホームが随分低くなっています。

 大桐駅の経歴
 oogiri 12-05 (1).JPG

 続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 05:41| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月14日

上新道

 下新道集落と川一つ隔てて上新道があります。

 ちょうど、二つの集落の真ん中を昔は国鉄の線路が走っていてました。

 その旧国鉄線路の脇には下新道の磐余が書かれています。
 kamisinndou 12-05 .JPG

 奈良時代、都から越の国にはいる旅人は必ずこの上新道集落を通った。

 松原駅(敦賀)から陸路や海路で五幡や杉津を通り、山中峠を越え、この地を通り鹿蒜駅(新道から南今庄付近)に至った。

 平安時代の天長7年(830)木ノ芽峠が開かれ、その後はこの道が北陸道の主道となった。

 新道の地名はこれに由来している。

 また、この集落は二つの峠越え(木ノ芽峠と山中峠)の追分け口(分岐点)でもある。


 その線路から右に逸れて上新道集落が始まります。

 kamisinndou 12-05 (5).JPG
 
続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 06:23| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月06日

新道地区

 一里塚をあとにしてさらに進むと新道集落があります。

 新道集落は上新道下新道に別れていて、最初にあるのは下新道です。
 sinosinndou 12-05 (1).JPG
 新道というのは字のごとく新しい道のことです。

 集落の入り口には北陸トンネルの出口があります。
 sinosinndou 12-05 (2).JPG

 集落内をまっすぐに伸びる旧国鉄時代の線路跡。
 sinosinndou 12-05 (5).JPG
 今では県道になっていて、この道をまっすぐ行くと敦賀に抜けることが出来ます。
続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 04:53| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

帰から新道へ

 の集落を抜けて新道の集落に向かいます。

 kaeri~inndou 12-06 (2).JPG

 集落を抜けて直ぐのところに一里塚の跡が残っています。

 kaeri~inndou 12-06 (3).JPG
 kaeri~inndou 12-06 (4).JPG

 一里塚(いちりづか)とは、大きな道路の側に1里(約3.927キロメートル)毎に旅行者の目印として設置した塚(土盛り)で、塚の側に槐(エンジュ)の木を植えたり標識を立てたりしていたそうですが、今では今庄特産のつるし柿を作る柿の木だけになっています。

続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 20:34| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月02日

 コツラの清水をあとにしてさらに先に進むと・・・・・帰地区に入ります。
 
 集落の入り口には鹿蒜神社があります。
 kaeri 12-05 (14).JPG

 kaeri 12-05 (13).JPG

続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 19:47| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

今庄宿から鹿蒜へ

 今庄宿の南のはずれに街道が二つに分かれる追分けがあります。

 そこには道標が立っていて、京に行く旅人と江戸に行く旅人の目印になっています。

 ~kaerihe 12-05 (8).JPG
 右に行けば京、敦賀、若狭へ、左に行けば京、伊勢、江戸へと通じていました。

 昔はちょうどカーブミラーのところに建っていました
 ~kaerihe 12-05 (7).JPG
 写真の奥に見えるのが道標です。

 続きを読む
posted by 兵三(ひょうさ) at 06:30| Comment(0) | 街道をゆく・・・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする